4.1 侵害

特許権者や実用新案権者に専有される発明や考案を、第三者が、特許権者や実用権者の許諾を得るなど、正当な権原を持たないで業として実施すれば、特許権や実用新案権を侵害したことになります。原則として、請求項に記載された発明特定事項の全部を業として実施した場合が侵害となります。また、実施の行為は、経済活動の様々な場面が広くとらえられていることは、4.特許権・実用新案権とはで見たとおりです。
これらの行為は、いわゆる直接侵害といわれます。
しかしながら、発明の全部を実施しているわけではない場合、特許権を直接に侵害しているとはいえない行為であっても、直接侵害を惹起する蓋然性が極めて高く、そのような行為を放置すれば特許権の効力を失わせる場合があります。特許法では、侵害の予備的又は幇助的行為のうち、直接侵害を誘発する蓋然性が極めて高い一定の行為も特許権の侵害とみなすことにしています。これが、いわゆる間接侵害です。
ここでは、この間接侵害について詳しく見ていき、その後で侵害に際して権利者が取ることのできる手段を見ていきます。

間接侵害に当る行為も、経済活動の様々な場面を想定して、三つの類型として、次のように定義されています。
「次に掲げる行為は、当該特許権又は専用実施権を侵害するものとみなす。」(特許法第百一条柱書)

(1)物の発明の場合
「一  特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」(特許法第百一条第一号)
【説明】「その物の生産」とは、正当な権原がなければ侵害行為に他ならず、侵害行為のみに用いる物に係る経済活動も侵害とみなすとしています。ここでいう「のみ品」とは、いわゆる専用品といわれます。
「二  特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」(特許法第百一条第二号)
【説明】「その物の生産に用いる物」の範囲が広く、必ずしも特許発明の実施とは限られない場合には、物品という客観的なものだけでは侵害と認められないので、行為者の意図など主観的な認識というものも、侵害の認定の要件としています。
「三  特許が物の発明についてされている場合において、その物を業としての譲渡等又は輸出のために所持する行為」(特許法第百一条第三号)
【説明】第一号と第二号が、「その物の生産に用いる」という、特許発明との間接的なつながりでしたが、ここでは特許発明の物品そのものという、特許発明と直接的なつながりであるけれども、単に所持することだけでも侵害とみなすとしています。模倣品対策強化の観点から、侵害行為を禁止する実効性を高める意図です。

(2)方法の発明の場合
「四  特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」(特許法第百一条第四号)
【説明】第一号の方法バージョンです。「その方法の使用」とは、正当な権原がなければ侵害行為に他ならず、侵害行為のみに用いる物に係る経済活動も侵害とみなすとしています。
「五  特許が方法の発明についてされている場合において、その方法の使用に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」(特許法第百一条第五号)
【説明】第二号の方法バージョンです。「その方法の使用」とは、正当な権原がなければ侵害行為に他ならないが、それに用いる物品というだけでは侵害行為と認定しがたいので、行為者の主観も認定の要件としています。

(3)物を生産する方法の場合
「六  特許が物を生産する方法の発明についてされている場合において、その方法により生産した物を業としての譲渡等又は輸出のために所持する行為」(特許法第百一条第六号)
【説明】第三号の生産方法バージョンです。第四号と第五号が、「その方法の使用に用いる」という、特許発明との間接的なつながりでしたが、ここでは特許発明の生産方法そのものを使用という、特許発明と直接的なつながりであるけれども、その生産物を単に所持することだけでも侵害とみなすとしています。模倣品対策強化の意図も同じです。
実用新案の場合にも、(1)物の発明の場合と同様の間接侵害という行為が定義されています。

こうして、特許権や実用新案権の侵害とされる場面が、権利の技術範囲という観点と、発明や考案の実施という経済活動における行為の観点から、ご理解いただけたと思います。次は、このような侵害に際して、権利者が取ることのできる手段として、差止めの請求と損害賠償の請求がありますので、これらについて少し詳しく見てみましょう。

まず、差止め請求ですが、他人があなたの特許権や実用新案権を侵害しているか、侵害とみなされる行為をしている場合と、さらに、今はしていないがこれからそれらの行為に及ぼうとしている場合に請求できます。その他人に対して、あなたはそれらの行為を停止すること、以降できないようにする、予防ということを求めることができます。
例えば、あなたが、それらの行為を中止するように警告書を送付し、協議することを求めたとします。もし、その他人が事情を理解して、それらの行為を中止すればいいのですが、その他人が警告書を無視したり、協議にも応じない、それらの行為を中止しない場合には、あなたは、裁判所に特許法第百条又は実用新案法第二十七条を根拠に差止めを請求することができるのです。
その他人に対して、あなたはそれらの行為を停止するよう求めるに際して、さらに、予防するという意味で、侵害の行為を組成した物(物を生産する方法の特許発明の場合には、侵害の行為により生じた物を含む)の廃棄や侵害の行為に供した設備の除却などを求めることができるのです。
このように、侵害が疑われる場合には、他人の自由な行為を停止させたり、他人の所有物の処分を求めたりすることができる、強大な権利が生じます。これが、差止め請求です。

次に、損害賠償ですが、基本的な根拠は民法第七百九条(不法行為による損害賠償)にあります。これによれば、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」とされます。
ここで、損害賠償を請求する側が相手側の「故意又は過失」を立証しなければならないのが通常です。しかし、特許権の場合には特許原簿に記載され、公示されていることから、侵害の行為をする者は、その特許権が存在することを公示されているのに知らなかったなど、一応過失によってその行為をしたものと推定して(特許法第百三条)、立証責任を相手側に転換させられます。相手側は、損害賠償の責任を免れるためには、過失がないことを立証するか、過失があっても軽過失によりしたことを立証することになります。
具体的には、侵害とみなされる(2)「二」のように、特許権の技術範囲からは、一見かなり離れた距離のある行為でも、侵害とみなされる可能性があるわけです。この場合、その部品が特許発明品の製作に使用されるとは知らなかったことや、依頼主から説明を受けていなかった、などを主張し、立証することが軽過失の立証につながります。
なお、実用新案の場合には、1.1 特許と実用新案の違いで説明のとおり、権利自体に瑕疵が内包されている可能性を前提にしているため、特許法の過失の推定は適用されません。損害賠償を請求する側が相手側の「故意又は過失」を立証しなければなりません。

ここでさらに、民法第七百九条でいう損害賠償は、通常、請求する側が、「損害の額」を立証しなければなりません。しかし、特許権の場合には、権利そのものが観念的なものであり立証がむずかしいこと、事業の実体はさまざまですが、ある程度類型化もできることから、損害(逸失利益)の算定方式を以下のようにガイド的に定めています。

①特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。(特許法第百二条第一項)
【説明】これは、特許権を侵害した製品が販売された場合、侵害者が販売した製品の数量×権利者の仮定の利益=権利者の損害、という算定をすることができるとしたものです。但し、製品の数量には権利者の実施の能力を上限とする歯止めを定めています。

②特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。(特許法第百二条第二項)
【説明】これは、権利者が自分の損害の額を立証する困難さよりも、相手である侵害者の利益を立証するほうが権利者にとって幾分でも容易である場合があることから設けられています。

③特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。(特許法第百二条第三項)
【説明】特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額、いわゆるライセンス料(ロイヤリティー)に相当する額を請求することができるとしたものです。①の損害の額の立証、②の利益の額の立証と比べて、より容易とされています。
実用新案の場合でも、同様の損害の算定方式を定めています。
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